当法人についてAbout
理事長ご挨拶
社会福祉法人舞鶴学園は、創立75年目を迎えました。
引揚げ港という戦後を象徴する此処舞鶴の地で先達の志に始った当法人は、各時代のバトンを受け継ぎながら今日まで歩んでまいりました。
守ってきた灯は今もなお絶えることなく、子どもたちが迷わないように灯り続いています。各時代の歩みを繋いでくださった従事者の皆様、そしてお支え下さった関係機関と地域社会の皆様に、謹んで感謝を申し上げます。
近年、社会的養育の役割は、ますます必要とされてきています。
子ども時代をより豊かなものにするために、法人一丸となってこれからも取り組んで参ります。
皆さまのご指導・ご鞭撻をよろしくお願いいたします。
理事長 桑原教修
創設者のことば
その状態を突破できるエネルギーを備えていると信じること。
そのエネルギーを引き出し、発揮できるように支援することが我々の使命である。 」
社会福祉法人
舞鶴学園の歩み
戦後、引き揚げ港のあった舞鶴は、引き揚げ者や戦災孤児の問題に直面せざるを得ない特殊な状況下にあったといえますが、我が国は、終戦を迎えた時点で12万数千人といわれる戦災孤児問題を抱えていました。
児童福祉法の制定と収容保護を目的とした養護施設(後の児童養護施設)の誕生は必然であったといえます。その後、法人名を「舞鶴学園」と改めて定員70名の養護施設へと移行していくのですが、現存する当時の記録によると、
施設利用の背景は孤児と呼ばれる子どもたちが一番多く、養育環境の劣悪、貧困、浮浪の順になっており、戦後事情が垣間見えます。以来、時代の推移とともに社会のニーズに応じた役割が施設には求められてきました。
少子高齢化や子ども問題は、社会の変容とともに家族や子どもたちの暮らしに直結して、大人や子どもの成長や育みの日常に影響を及ぼすまでになっています。
特に、子ども虐待は、さまざまな社会問題を内包しているといえます。
「子どもの貧困」という言葉に象徴されるように、子どもたちの生き辛さは深刻の度を増しているといえるでしょう。
舞鶴学園では、社会的養育を必要とする子どもたちが、将来に希望をもって歩むために、子どもが本来持っている生きる力をしっかりと受け止めて、助け促す〈いとなみ〉を設立当初から役割としてきました。
ささやかな歩みですが、これまで培ってきた専門領域を地域社会に還元すべく1996(平成8年)からは一般家庭への子育て支援策である「子育て支援短期利用事業」を開始、2001年には児童養護施設を小舎制に移行すると同時に、現在の「タンポポこども園」の前身である認可保育所「タンポポハウス」を開設して乳幼児の保育に着手、
2005年(平成17年)には児童家庭支援センター「中丹こども家庭センター」を付設して、子ども問題の相談業務に携わるようになりました。
今後も〈子ども〉に特化した事業の取り組みを進めて参りたいと思っています。
戦後、引き揚げ港のあった舞鶴は、引き揚げ者や戦災孤児の問題に直面せざるを得ない特殊な状況下にあったといえますが、我が国は、終戦を迎えた時点で12万数千人といわれる戦災孤児問題を抱えていました。児童福祉法の制定と収容保護を目的とした養護施設(後の児童養護施設)の誕生は必然であったといえます。その後、法人名を「舞鶴学園」と改めて定員70名の養護施設へと移行していくのですが、現存する当時の記録によると、施設利用の背景は孤児と呼ばれる子どもたちが一番多く、養育環境の劣悪、貧困、浮浪の順になっており、戦後事情が垣間見えます。以来、時代の推移とともに社会のニーズに応じた役割が施設には求められてきました。
少子高齢化や子ども問題は、社会の変容とともに家族や子どもたちの暮らしに直結して、大人や子どもの成長や育みの日常に影響を及ぼすまでになっています。特に、子ども虐待は、さまざまな社会問題を内包しているといえます。「子どもの貧困」という言葉に象徴されるように、子どもたちの生き辛さは深刻の度を増しているといえるでしょう。
舞鶴学園では、社会的養育を必要とする子どもたちが、将来に希望をもって歩むために、子どもが本来持っている生きる力をしっかりと受け止めて、助け促す〈いとなみ〉を設立当初から役割としてきました。ささやかな歩みですが、これまで培ってきた専門領域を地域社会に還元すべく1996(平成8年)からは一般家庭への子育て支援策である「子育て支援短期利用事業」を開始、2001年には児童養護施設を小舎制に移行すると同時に、現在の「タンポポこども園」の前身である認可保育所「タンポポハウス」を開設して乳幼児の保育に着手、2005年(平成17年)には児童家庭支援センター「中丹こども家庭センター」を付設して、子育てに関わる相談業務に携わるようになりました。 今後も〈子ども〉に特化した事業の取り組みを進めて参りたいと思っています。
沿革
1946
昭和21年
故山口勲氏が有志数人とともに「財団法人舞鶴自彊学園設立」し、戦災孤児11名を保護したことが起源である。
「舞鶴自彊学園」として保護認可を受ける。
1958
昭和28年~
舞鶴市浜に移転
元海軍縫製工場を改修して生活を始める。
1970
昭和44年昭和45年
第一児童棟・管理棟全面改築
第二児童棟全面改築
定員100名
「園内子ども会」を発足
1971
昭和46年中舎制の試み
1988
昭和63年白馬登山
1989
平成元年七五三(キクヅル)衣装提供始まる
1990
平成2年舞鶴学園あしなが基金設立
1991
平成3年「くつろぎ」第1号を発刊
1995
平成7年日韓交流事業開始
1996
平成8年分園型自活訓練事業開始(平成8年~平成14年)
1997
平成9年子育て支援短期利用事業推進のため、専任職員を配置し、「タンポポハウス」として事業の内容充実をはかる。
2001
平成13年
舞鶴市浜の地より、舞鶴市泉源寺へ移転、これを機に児童養護施設は小舎制を導入して新たなスタートをきる。
認可保育所「タンポポハウス」開所
2005
平成17年
児童家庭支援センター
「中丹こども家庭センター」開設し、相談事業を開始する。
2008
平成20年
■ 毎日放送テレビ放映4/20
映像‘08≪家族の再生~ある児童養護施設の試み~≫放映
★平成20年日本民間放送連盟賞
★テレビ教養部門:最優秀賞受賞
★第35回放送文化基金賞テレビドキュメンタリー番組賞:最優秀賞受賞
2010
平成22年小舎制移転10年と日韓交流15周年事業
2015
平成27年「第七回 高円宮記念日韓交流基金」にて高円宮賞受賞をする。
2016
平成28年社会福祉法人 舞鶴学園は創立70周年を迎える。
2018
平成30年広島大学大学院教育学研究所主催 「ペスタロッチー教育賞」受賞
2020
令和2年認可保育所「タンポポハウス」は幼保連携型認定こども園「タンポポこども園」として再スタートする
施設概要
・幼保連携型認定こども園「タンポポこども園」
・児童家庭支援センター「中丹こども家庭センター」